木津屋ユキルームサイズ直し・リフォーム・修理の専門店

十三世 木津屋治郎兵衛

プロフィール

 いらっしゃいませ、木津屋治郎兵衛でございます。木津屋ユキルームのサイトにお立ち寄り頂き、感謝いたします。時間の許す限り、ごゆっくりとご覧下さい。今後とも、宜しくお願いいたします。

洋服リフォーム・TV放送
TV出演時の映像より


BLOG

BLOG(ブログ)ですが、「気まぐれブログ」です。何かあった時だけのブログです。

朝日新聞掲載 2012年4月28日(土)
朝日新聞掲載 先日、朝日新聞さんに当店ユキルームを紹介して頂きました。誠に感謝でございます。取材して頂いた記者の方に、お直しの種類や方法、流行のお直し等についてのお話をしましたところ、可愛いカラーイラストの図解入りで、とても判りやすくまとめ上げてありました。さすがプロだなと感心いたしました。予想よりはるかに、誌面を大きく使って頂いてたのも驚きでございました。新聞掲載の反響が、やっと落ち着きを見せてきましたので、ようやくこの日記を書いております。ありがとうございました。

 朝日新聞 2012年4月15日 日曜日 朝刊 執筆:高橋健次郎記者


ハンググライダー 2011年10月22日(土)
ハンググライダー この間の日曜日、生れて初めてハンググライダーを体験いたしました。行くと決まった日からずっとドキドキしていましたが、本当に最高でした。空の上から見る川や町は夢を見ているような感じでした。一度その気持ちよさを知ってしまうと、もうこれは止められないなという感じです。これはずっとやろうと思いました。これって、子供の頃からの「空を飛びたい」という夢がかなったという事ですね。人生の記念日にしたいと思います。

 そしてその日は、天気も最高でした。平成23年10月16日 日曜日


秋の蝉 2011年10月11日(火)
 昨日、生駒山にハイキングに行きました。とても驚いた事がございました。なんと秋の虫の鳴き声に混じって、蝉が鳴いていたのです。種類はツクツクボウシです。一度聞いただけで、その後は聞く事が出来ませんでした。10月に蝉。これって普通の事なのかどうか、ネット検索で調べたところ、暖かい地方では10月上旬でも鳴き声を聞く事があるようです。しかし、私にとって10月10日に蝉の鳴き声を聞くのは初めての事で、とても感動いたしました。いったいあのツクツクボウシは、いつまで生駒の山で鳴いているのでしょうか。

それと、キリギリスも捕まえましたよ。


舞楽 2011年8月29日(月)
篝の舞楽 四天王寺さんに、恒例の「篝の舞楽(かがりのぶがく)」を見に行きました。この日はお天気にも恵まれ、涼やかな風がとても気持ちよく吹いておりました。舞楽・雅楽は、小野妹子の遣隋使とその後の遣唐使が伝えた、千年以上前の芸能を今に伝えるもので、日本が世界に誇るべきものの一つと思います。舞楽・雅楽は、その発祥地ではとうの昔に廃れてしまっています。それにもかかわらず、古式を守り継承し続ける事が出来たのは、この大和の国が、物質的にも精神的にも平和であった事が、一つの理由ではないでしょうか。この国の平和と御仏の御加護に、改めて感謝でございます。

「篝の舞楽(かがりのぶがく)」〜平成23年8月4日、四天王寺伽藍内講堂前庭にて。演奏:天王寺楽所雅亮会 司会進行:雅亮会理事長 小野功龍


サルバトール・ムンディ(救世主) 2011年7月13日(水)
 本当に、久しぶりに飛び上がるほど驚きました。今日の新聞に、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画が発見されたとありました。ダ・ヴィンチ好きの私には、本当にたまらない知らせでございます。今後、色んなメディアで取り上げられますが、本が出たら買おうと、今からわくわくしております。本当に出てくるものですね。この時代に生を受けた事に感謝致します。いつかどこかで本物のサルバトール・ムンディ(救世主)とお目にかかりたいと思います。楽しみでございます。

(注釈)サルバトール・ムンディ"(救世主)は、レオナルド・ダ・ヴィンチの1500年頃の作品で、行方不明になっておりました。

出版記念パーティー 2011年5月30日(月)
 「斎藤一人 大宇宙エネルギー療法 感動物語」の出版記念パーティーに行って参りました。この本には私も載せて頂いたという事も有り 、とても思い入れの深いパーティーとなりました。そして、日本一の商人(あきんど)と呼ばれている斎藤一人さんとハグが出来たので、これまた大きな力を頂いて帰れたという感じです。斎藤一人さんから聞いた素晴らしいお話も、これからの仕事に大いに役立つ事でしょう。

 平成二十三年五月二十二日 於 グランドプリンスホテル新高輪 飛天の間

桃山学院高等学校 2010年11月21日(日)
 この間、母校である桃山学院高等学校の同窓会に行って来ました。同窓生とは実に25年ぶりの再会でした。皆のとても元気そうな顔を見れ、参加してとても良かったです。それに、お世話になった先生ともお会い出来、感無量でございました。また、同窓生の色んな分野での活躍ぶりを聞き、私も、ぼーっとはしてられないなと、良い刺激も頂いて帰れました。校歌をすっかり忘れている事にはショックでした。しかし歌っていると何となく思い出し、これまた驚きでした。
 そんなにたくさんの人数は集まれませんでしたが、今後は、もっとたくさんの旧友が集まれる同窓会になればいいなと思います。

 私は83期生なのですが、同窓会からの連絡が来ない方は、事務局か私の方までお連絡下さい。

西村朗先生 2010年7月3日(土)
 作曲家の西村朗先生のお話を聞かせて頂ける機会に恵まれました。西村朗先生はNHK教育テレビのN響アワーで司会をされていらっしゃいますので、ご存知の方が多いと思います。伝統舞楽曲の蘇莫者(そまくしゃ)をオーケストラで蘇らせるという、とても変わった作曲家でいらっしゃいます。
 西洋音楽の常識から云うとタブーである、“heterophony”(異質な音の響き)のお話に、とても感銘致しました。西洋音楽的には音を外しているとしか理解されない“heterophony”(ヘテロフォニー)。日本の雅楽等に存在する、微妙な音のずれが織り成す美しさや心地よさ。素晴らしい伝統芸術が有り、それを美しいと感じれる感性。本当に日本人に生まれて良かったと思いました。西洋人には判らない、西洋の音階では表し切れない音の美しさがある事を気付かせて頂けました。しかしそれと同時に、どのようにして譜面にされたのだろうかと、素人の私には不思議でございます。また、それを演奏された、指揮者の沼尻竜典さんと大阪センチュリー交響楽団の方々は、かなりご苦労をされたのではと、余計な心配をしてしまいます。

CDのご紹介。西村朗:管弦楽作品集〜オーストラのための<蘇莫者> 沼尻竜典指揮 大阪センチュリー交響楽団 CMCD-28199。

華道 2010年3月13日(土)
池坊展池坊展 いけばなの展覧会に行ってきました。たくさんの綺麗な花を愛でる事が出来て、すっかり、春の気分を味わう事が出来ました。華道に関しては素人の私ですが、お気に入りの作品を選んでみました。
 さすがに、自分が華道の素人だと痛感致しましたのは、家元と次期家元の作品の良さが全く判らなかった事でございます。

写真左から五嶋喜月先生(滋賀北支部)、山村綾葉先生(西大阪支部)。「いけばなの根源 池坊展」大阪高島屋にて。

襲名二周年 2009年12月31日(木)
 先日17日に、木津屋治郎兵衛の名跡襲名二周年を迎えました。あっという間の2年間でございました。すっかり自分の名前になった感がございますが、これからも、御先祖様に恥をかかさないよう、より一層の精進をしていきたいと思います。
 時間の経つのは早いもので、平成二十一年も今日で終わりでございます。再来年には木津屋創業300周年を控えております。来る二十二年も心引き締めて、顔晴って(がんばって)いきたいと思います。改めて平成二十一年に感謝致します。

真田幸村 2009年9月16日(水)
真田幸村 最近、歴史ブームと云う事を良く見聞き致します。先日も、とある雑誌を拝見していますと、戦国武将の特集をしておりました。特に女性ファンが多く、「歴女」と呼ばれているという事で、テレビを見ない私には、新鮮な驚きでございました。インターネットで人気武将ランキングというのを調べてみますと、どこも真田幸村が一位でございました。
 真田幸村というと、この夏、「真田まつり」というお祭りを見て来た事を思い出しました。「真田まつり」とは、和歌山県伊都郡九度山町で、毎年5月に行なわれているお祭りでございます。九度山町は、真田昌幸・幸村父子親子が閉居していた地で、真田幸村親子を偲んで行なわれております。私は、九度山の町と自然がとても好きで良く参らせて頂いており、「真田まつり」は去年も見ました。
 何故か私は真田幸村に縁がございます。九度山に始まり、真田幸村が戦の勝利を祈願した志紀長吉神社、「真田の抜穴」のある三光神社、真田幸村戦死の地である安居神社、そして大阪城、全て真田幸村を意識せずに行っておりました。不思議でございます。

小野妹子様と聖徳太子様 2009年7月14日(月)
 毎年恒例の、小野妹子様のお墓参りに行って参りました。懸命に人生を生き抜いた御先祖様がいらしたお蔭で、現在の私がございます。 普段は忘れがちな御先祖様への感謝の気持ちが、呼び起こされました。本当に、この人生を頂いた事に感謝せずにはおられません。
 小野妹子様のお墓参りの後、聖徳太子様のお墓参りにも行って参りました。聖徳太子様の御廟は本当に神気に満ち溢れ、とても素晴らしい気を頂いて帰れました。聖徳太子は実在しなかったと論ずる学者の方もいらっしゃいます。「頭だけで考えず、魂で感ずれば、聖徳太子様が実在する事は明白なのに。」と申し上げたく思います。

 小野妹子の命日 6月30日 紫雲山頂法寺 伝
 写真等は、小野妹子のサイトにもございます。

忌野清志郎さん 2009年5月11日(月)
 忌野清志郎さんが他界されましたが、何か嘘のようです。忌野清志郎さんは、私の心の中では年の離れた兄貴のような存在でした。私が周りの大人や体制に押し潰されそうになっていた思春期の頃、「短いこの人生で一番大事なもの、それは俺の自由、自由、自由。」と勇気付けてくれました。忌野清志郎さんの書かれた詩は、生涯に渡って私に影響を与え続ける事と思います。
 忌野清志郎さんが他界された日の、まさしくその時刻に、忌野清志郎さんからお知らせがございました。ですから、旅立たれるのに時を同じくして、お別れをする事が出来ました。忌野清志郎さんファンとして最高に光栄な事と感じております。本当に幸運です。
 今も、私の側に忌野清志郎さんを感じる事が出来ます。だから、他界された事が嘘のようです。盛大な「葬儀式」の映像を見ても、忌野清志郎さんお得意の、毒のきついジョークのようにしか思えません。いつでも忌野清志郎さんに会えますし、私が肉体を離れた後もお会い出来るのではと、今から楽しみにしております。私の忌野清志郎さんへの気持ちは、「感謝」の一言に尽きます。清志郎さん、本当に有り難うございました。感謝致します。そして愛し合っています。

 清志郎さん、ではまた、お会いする時まで。

 忌野清志郎 2009年5月2日午前0時51分 自由気ままな旅に出る 享年58歳

スピリチュアルヒーリング 2009年4月16日(木)
 去年より始めた、スピリチュアルヒーリングのボランティア活動が大変忙しく、5ヶ月ぶりの日記となりました。「洋服のお直しと心身 のお治し」の木津屋でございますが、その心身のお治しの方の活動でございます。近年は、欝(うつ)等の精神的な疾患をお持ちの方が大変多く、また、原因不明の体の疾患も良くご相談を頂いております。ヒーリング(治療)により良くなられる方を見るにつけ、現在のような時代における、スピリチュアルヒーリングの必要性を痛感させられます。
 スピリチュアルヒーリングというと、まだまだ、信じられないという方もいらっしゃるようですが、西洋医学と違い、体に全く害や副作用がないので、試しにでも一度受けられる事をお奨めします。特に、私が施術しているボランティアのスピリチュアルヒーリングは、無料ですので金銭的にも何等問題がありません。時間も数分で終わります。また、遠隔療法といって、遠方の方にもヒーリング出来ます。ご興味のある方は、お連絡下さい。ただし、大変好評につき、今後もずっと対応仕切れるかは厳しい状況ではございます。

 私の施術しているヒーリングは、大宇宙エネルギー療法というもので、伝授も致しております。

斎藤一人さん 2008年11月15日(土)
 去る5日、斎藤一人さんと香取神宮と鹿島神宮にお参りに行く機会に恵まれました。香取神宮、鹿島神宮、伊勢神宮で三大神宮 と言われております。三大神宮の内の2つにお参り出来て、とても沢山のエネルギーを貰えました。また、日本一の商人斎藤一人 さんからも絶大なパワーを頂き、とても幸運な一日でした。そして、鹿島神宮ではとても不思議な体験を致しました。不思議な体験の中身 は内緒に致しますが、いわゆる超常現象と言われる類のものです。
 先月26日には、私の妻が斎藤一人さんと伊勢神宮にお参りしておりますので、夫婦で三大神宮全てに参った事になり、とても幸運な事でございます。度重なる幸運に心から感謝致しております。
 ここで斎藤一人さんをご存知のない方に、簡単にご紹介致します。斎藤一人さんは、銀座まるかん(日本漢方研究所)の創設者で、日本 一のお金持ちとしても有名で、数多くの著書も著しておられます。最新刊の「運命は変えられる」もベストセラーになっております。
 以前にこのブログで書かせて頂いた「高額納税者番付」「高額納税者番付 2」に続く、「高額納税者番付 3」という事になりますが、この斎藤一人さんは、12年間連続で10位内に入り続け、累計納税額も第1位で、別格の方です。1位にも2度なられています。今後も 、「高額納税者番付」上位の億万長者の方にお会いする機会もあろうかと思いますが、今生でこの方を凌ぐ方に会う事はないと思われます 。
 香取神宮と鹿島神宮のお参りで、とても力が漲って帰って来れ、極めて幸運な体験でございました。本当に有難うございました。

 (注記)現在は、法律が変わり、高額納税者番付(長者番付け)は公開されていませんので、斎藤一人さんの近年の順位は判りませ ん。

奄美大島 2008年8月29日(金)
 この夏の思い出です。
 お盆休みに奄美大島に行って参りました。つくづく、自分が天国に生まれたという事を再認識させられました。とにかく海が綺麗です。よく行く和歌山の海も綺麗なのですが、奄美大島の海はもっともっと綺麗です。目の前に広がるさとうきび畑や、朝登るお陽様をぼーっと見ているのは、最高の至福の時間でした。
 普段私達は、自分が天国に住んでいる事を忘れがちです。たまに、奄美大島のような素敵な場所に行くと、それを思い出させてくれます。毎日の慌しい生活の中で、自分が天国に住んでいる事を忘れてしまいそうな時は、奄美大島での素晴らしい体験に心を馳せてみようと思います。そうしたら、「自分は天国に生まれたんだ」と思い出す事が出来るでしょう。そしていつかは、一日中そういう気持ちで居られるようになりたいものです。日常のどんな些細な事にでも、幸福を感じる事が出来るようになれれば最高です。
 奄美大島では、本当に素晴らしく、有難い時間を過せました。

 誠に、私達は天国に住んでいます。

蔵造り商家 2008年8月2日(土)
 木津屋のサイトの方にも書かせて頂いたのですが、あまりに嬉しいので、こちらにも少し書かせて頂きます。
 今からおよそ300年前に創業の木津屋ですが、戦前までの本家の写真は、まったく見つかっておりませんでした。大阪大空襲により、全て焼失してしまった為です。しかし、蔵造り建築であったと言われており、どこかにないものかと捜し求めておりました。ありがたい事に、その念願の写真が先日見つかったのです。私には奇跡と感じられました。当時のごりょんさんにとっては、63年ぶりに見る木津屋の蔵造りの雄姿です。大変に感動しておりました。
 埼玉県川越市の蔵造りの町並みは有名ですが、大阪では珍しい蔵造り建物に、今後の調査・研究が必要と考えます。ここや木津屋のサイトでも公開していく予定ですが、また一つ楽しみが増えました。
 本当に、この度の御縁には、とても感謝致しております。

松下幸之助 2008年5月23日(金)
 先日、松下幸之助翁のお墓参りに行って来ました。早いもので、松下幸之助翁が亡くなられて19年の月日が流れます。今年は20回忌でございました。天気がとても良かったせいか、お墓のある松下幸之助翁の生誕地からは、何かとても素晴らしい波動が発散されているように感じました。
 そして、素晴らしい出会いもございました。それはボランティアで生誕の地の掃除と語り部をされている無学求道さんとの出会いです。無学求道さんの、松下幸之助翁に対する熱意とその活動にとても感銘致しました。また、座禅・瞑想・掃除についてのお話等、1時間以上に渡りお話をお聞かせ頂き、勉強になる事がたくさんございました。実際、その日以降の生活に影響を受けております。こういう素晴らしい方もいらっしゃるのだなと嬉しくなりました。
 20年来勉強している「松下幸之助」ですが、改めて勉強し直したいと思わされた一日でございました。そして、エネルギーをいっぱい貰って帰れました。

 無学求道さんのサイト〜サトレば人生が楽しくなる

玉音放送 2008年4月1日(火)
 数日前、ふと「玉音放送」が聞きたくなり、久しぶりに聞いてみました。すると驚いた事に、涙がぽろぽろ出てきて止まらなくなりました。「玉音放送」は歴史的に面白いので、以前から何度か聞いた事があったのですが、今までは今回のような事はなく、我ながらとても驚きました。世の中本当に不思議な事があるものです。まあそれが面白くもあります。63年前の熱い夏の日に、ラジオの 前に直立不動で立ち、天皇陛下の言葉の一言一言を噛み締めながら聞いているような感覚でした。悔しさが心の底から込上げてくるようでした。どんなに優れた映画でも、あれほどには入り込めないと思います。
 とりあえず、不思議な体験という事で、終わりに致します。

※ 「玉音放送」とは、時の天皇陛下が、肉声で太平洋戦争の終結を宣言したラジオ放送の事です。

小野妹子 2008年2月4日(月)
 昨年は、小野妹子の遣隋使1400周年が話題になりました。それに関連して、私の協力掲載誌が出版されましたので、ご案内致します。「世界思想2月号(世界思想社)」にて、小野妹子および「四天王寺ワッソ」が特集されております。ご興味のある方はご覧になって下さい。

名跡襲名 2007年12月17日(月)
 本日十二月十七日、「十三世 木津屋治郎兵衛」の名跡を襲名致しました。本当に感無量でございます。感謝の一言に尽きます。今はささやかな「木津屋」でございますが、行く行くは、大きな社会奉仕が出来る店に育てて行きたく思います。今後とも、木津屋治郎兵衛ならびに、「木津屋ユキルーム」を宜しくお願い致します。
(襲名のお話は、前回の日記にも書いております。また、木津屋のサイトでも詳しく紹介されております。)

十三世 木津屋治郎兵衛、名跡襲名 2007年9月28日(金)
 私は、来る12月17日をもって、「十三世 木津屋治郎兵衛」を名跡襲名致します。
 こう言いましても、一体何の事かお判り頂けないと思いますので、ご説明致します。まず「木津屋」ですが、これは私の家の先祖代々の屋号でございます。創業正徳元年(1711年)の商家でございます。「木津屋」という屋号は、聖徳太子様の四天王寺創建にに伴い、全国から大量の木材が、御先祖の住んでおった難波の海浜の邸宅前に集められた事に由来します。
 そして、木津屋では創業以来、歴代の当主は、「木津屋治郎兵衛」の名跡を襲名する慣わしとなっております。今日では、襲名と言うと、歌舞伎や浄瑠璃等の家元に残る、珍しい慣習になっておりますが、昔の商家では、良く見られた慣わしでございました。諸所の事情により、先代からの継承が遅れておりましたが、この度めでたく、襲名する運びとなりました。これもひとえに御先祖様の御蔭と、感謝感謝の日々でございます。
 そして、12月17日は、先代の「十二世 木津屋治郎兵衛」の命日で、名跡襲名の日としては、これ以上の日はございません。
 とまあ、大げさに説明致しましが、特に何が変わると言うわけでもありません。普段は、戸籍上の名前も使って行くと思われますし、日々の仕事内容も私生活も、急変する訳でもないでしょう。また、現時点での「木津屋」は、とてもささやかなものでございます。
 しかし、一つ大きく変わる事がございます。それは、私の心理状態です。今までは、「私の仕事」と思ってきたものが、これからは、創業300年の重みを背負った「木津屋の仕事」となり、心持ちが全く変わってきます。今はささやかな「木津屋」を、今後、隆盛たる「木津屋」に変えて行かねばならぬ責任と、また、それに挑戦して行ける喜びがございます。このような体験が出来る事を、とてもありがたく思います。
 今後とも、大阪南堀江の「木津屋」を宜しくお願い申し上げます。

十三世 木津屋治郎兵衛

小野妹子墓前祭 2007年7月3日(火)
 去る6月30日、小野妹子墓前祭に行ってきました。まずは、その小野妹子墓前祭についてお話致します。
 一般的な日本史では、遣隋使小野妹子の生没年は不詳とされていますが、華道家元池坊においては、6月30日が命日であると伝わっております。そしてその命日に、道祖小野妹子墓前祭という祭り事が執り行われています。
 そして、小野妹子と華道家元池坊の関係ですが、小野妹子は華道家元池坊の道祖にあたります。簡単に言うと、華道家元池坊において、小野妹子が生け花を始めた最初の人という感じでしょうか。
 私は今のところ、華道をたしなんでおりませんが、御先祖に感謝の気持ちでお墓に参ってきました。普段はとてものどかな処なのですが、その日は、次期家元の池坊由紀先生をはじめ、日本中の池坊の先生方が何百人も集まられ、とても盛大なお式でした。特に今年は、小野妹子が遣隋使として隋の国に渡った西暦607年から、ちょうど1400年の節目の記念すべき年で、紫陽花の植樹が執り行われたりと、例年以上の賑わいでした。
 次期家元の池坊由紀先生ともお会いし、お話も出来て、とても充実した感極まる時間を過せました。ふと、華道をやってみたいと思った 瞬間でもありました。
 しかし、46世の池坊由紀先生に至るまでの1400年もの時を経て、小野妹子が、このように盛大に祭られているという事は、とても素晴らしい事だと感じました。また、小野妹子の墓に対する池坊の方々の功績は、とても計り知れないものがあるのだろうなと思いました。
 (小野妹子廟は、大阪府太子町の科長神社南側です。この地域、近つ飛鳥は私の曾祖父の出身地でもあります。)

エルヴィス・プレスリーの銅像 2007年5月19日(土)
 先のレオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」を見に行った折りに、足を伸ばして見てきたのが、原宿竹下通りのエルヴィス・プレスリーの銅像です。なんとも光栄な事に、小泉純一郎元総理や、坂本九、平尾昌晃、湯川れい子、BON JOVI、西城秀樹、多岐川裕美らの名前に 並んで、私の名前もしっかりと刻まれていました。
 20数年前に、エルヴィス・プレスリーの銅像を建立する話があり、その時に、仲間に入れてもらったのですが、エルヴィス・プレスリー像建立後、20年間、一度も見に行った事がありませんでした。20数年経って初めて、エルヴィス・プレスリーの銅像を目の前にすると、時計の針が逆戻りしたような、奇妙な感覚を覚えました。そして過ぎ去った時間の重さを、しみじみ感じました。別に時間を無駄にしてきたという思いはないのですが、歩いてきたこの20年間の人生が、正しい選択だったのかと自分に問いたい気分になりました。
 なにわともあれ、20数年の時を経て、親愛なるエルヴィス・プレスリーに出会えた事は、レオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」と の出会いに次ぐ、心躍る素晴らしい出来事でした。
 (エルヴィス・プレスリーの銅像は、当初、ラ・フォーレ原宿の裏に建立されたのですが、その後、原宿竹下通りの「ラブ・ミー・テンダー」前に移されました。その時の、第2期賛同者には、浅野ゆう子、宇崎竜童、淀川長治、和田アキ子らの名前も刻まれています。)

追記:本年は、エルビス・プレスリーの30周忌にもあたり、とても記念になる出来事でした。8月16日が命日です。

レオナルド・ダ・ヴィンチ 受胎告知 2007年5月8日(火)
 ゴールデンウィークにレオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」を観て参りました。「イタリアの春 2007」の一環として、「受胎告知」が日本にやって来ると報道された瞬間から、この日をずっと待ちわびてきました。今年の年間目標の一つに掲げたくらいです。東京での開催の報道だったので、即刻、イタリア大使館に問い合わせて、事の真意を確認しました。東京まで行かねばと、腹をくくった瞬間でも ありました。
 言わずと知れた、レオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」ですが、本物を目の前にする感動は、言葉では言い表せません。また、絵画としての「受胎告知」の素晴らしさも、まったく言葉では説明出来ません。巷のメディアでは、あーやこーやと分析めいた事が言われていますが、「受胎告知」は分析して観る絵ではないと、私は思います。魂で感じる絵であると断言します。それは、他のレオナルド・ダ・ヴィンチの絵にも言える事です。最近は素晴らしい絵を、素直に心で感じようとせず、頭の中でこねくり回したり、机の上やパソコンの中でかき回したりする風潮にあるのではないでしょうか。もちろん、研究する事も大切ではありますが、そういった見方しか出来ない方を、私はとても可愛そうに思います。
 レオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」を鑑賞した感想はと聞かれて、「言葉では説明できない」だけでは終われませんので、一つ感想を言います。スピリチュアル的になりますが、絵との対面に運命のようなものを感じたという事です。自分が今この絵の前に立っているという事実。その事自体に。
 まだ、ご覧になられていない方、是非、東京国立博物館まで足を伸ばして下さい。心に引っかかっている方、行っておかないと将来きっと後悔しますよ。仕事を休んででも辞めてでも行って下さい。
 P.S. 私、一日に2回も観てしまいました。もちろん、レオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」を。
 (「レオナルド・ダ・ヴィンチ−天才の実像」 6月17日まで)

第28回よみうり写真大賞 2007年2月7日(水)
 「第28回よみうり写真大賞 2006年 報道部門」に入選し、賞を頂きました。今日、その表彰状と副賞のたてが送られてきました。気軽に撮った写真だったのですが、発行部数世界一位の読売新聞で賞を頂けるとは、感慨無量です。3月に月間賞を頂き、紙面を飾って頂いたのですが、年間賞まで貰えるとは本当に嬉しい限りです。
 写真というものは、努力や腕だけで良い写真が撮れる訳ではなく、被写体とのめぐり合わせという、運や縁のようなものも関係してきます。その時にその場所に自分がいる。それなしに写真は存在しません。そういう意味で、今回の私の幸運を、とてもありがたく感じます。 これからも、まず自分自身が感動できる、そんな写真を撮っていきたいと思います。
 6月15日(金)〜21日(木)まで、中央区備後町の富士フォトサロンで発表展がございます。近くに寄られた方は、是非ご覧になって下さい。

ジュエリー、美容、スイーツ 2007年1月17日(水)
 最近の自分の関心事は何だろうと考えてみました。「ジュエリー」「美容」「スイーツ」でした。ここだけ聞いたら完全に女性の関心事ですね。でも最近は、男性と女性の垣根がほとんどなくなってきているので、こんな人間がいても良いのではないでしょうか。私以外にもいらっしゃるかもしれませんね。
 過去のブログも読んで頂いた方なら、私の事を、相当変った人間だと思われてるかもしれませんね。

七草がゆより断食 2007年1月12日(金)
 3日間の断食をしました。一般には、お正月のお酒やごちそうで疲れきった胃腸を、七草がゆを食べて休めてあげる慣わしがあります。しかし、断食の効果にはとうていかないません。身体が隅々までリフレッシュできました。さなぎが蝶になったくらいの気分です。
ご経験のない方には、是非お勧めいたします。1日でも良いですし、1食でもOKです。それも無理なら、食べる量を少し減らすだけでも、それなりの効果は感じられると思います。または、肉食を控えて野菜中心の食事をしてみるだけでも良いでしょう。
 特に、女性の方にはお奨めです。美容効果は抜群です。年に何回か行えばさらに良いのではないでしょうか。
 もしかしたら、数あるごちそうの中の1品として、七草がゆを食べられた方もいっらしゃるのではないでしょうか。これでは全く、胃腸を休めてあげるという本来の役目をはたしておりません。ただのイベントですね。
 是非皆様、今年も一年、健康にお過ごし下さい。

生涯で一番の本、更新 2006年12月27日(水)
 今年も終わりに近づいてきましたが、最近、私の人生で一番の本が、更新されました。学生時代は、そんなにたくさんの本は読まなかったのですが、社会人になってから少しづつ読み始めました。近年は年40冊くらいのペースでしょうか。
 今までに、感動した本や勉強になった本、はたまた、人生を変えられてしまったほどの本にも出会いました。そしてここに来て、人生で最高の本に出会えました。今年一年、とても素晴らしい出来事が、本当にたくさんありました。しかし、その山のような素晴らしい出来事を差し置いても、今年の最重要事項に挙げなければならない程、その本との出会いは大きいものでした。一冊の本との出会いが、これほどまでに大きく新鮮な感動を与えてくれるものだとは、自分自身驚きで一杯です。今まで読んだほとんどの本が、霞の向こうに隠れてしまいました。そして、私の頭の中はすっかり晴れ渡りました。いわゆる「無人島に持っていく1冊の本」はこれです。
 本でも何でも、ある人にとっては最高のものでも、また別のある人にとっては何の価値もないという事は良くあります。おそらくこの本もそうでしょう。しかし、あえて紹介しておきます。パラマハンサ・ヨガナンダの「あるヨギの自叙伝」です。

高額納税者番付 2 2006年12月15日(金)
 とてもありがたい事なのですが、またまた、高額納税者番付の100位以内に入られた方とお会い出来るという幸運に恵まれました。その方にもまた、とても勉強させられました。その方はとてもフレンドリーな雰囲気で、とにかく明るく、そばにいるだけでこちらまで楽しくなってきました。一言で言うと太陽のような方です。自分の持てるエネルギーや幸福を、周りの人に出し惜しみなく与えているという感じでしょうか。お金持ちというと、自分の宝が盗まれないようコソコソ隠し回っているようなイメージがあります。しかしこの方は、世の中の人々に幸せを配達して回っているような方でした。
 今回勉強になったのは、自分自信の向上にプラスして、その成果を世の中の人々に与えていかなければいけないという事です。自分が太陽になるようにがんばる。そして周りを自分の光で照らすという感じでしょうか。
 前回に続き、さすが高額納税者番付にランクされる方はすごいと、敬服させられました。また、このように勉強出来る機会に恵まれ、とてもありがたい事だと感じました。
 (追伸:前回の方も今回の方も、財産処分で高額納税者番付にランクされたのではなく、事業所得のみで高額納税者番付された方で、お仕事で成功されている方です。)

高額納税者番付 2006年12月10日(日)
 最近、高額納税者番付の10位以内に入られた方とお会いし、お話をする機会に恵まれました。世間一般には、高額納税者番付、いわゆる長者番付にランクされる人なんていうと、お金に物を言わせて何でもやったり、態度も横柄、服装は成金趣味等々、決してイメージが良いものではないと思います。私も多少ながらは、そんなイメージを持っていたと思います。しかし、その方にお会いして、すっかりそんな考えは吹き飛んでしまいました。「あー、これが真の成功者の姿なんだなー。」と関心させられてしまいました。結論を言うと、普通の平均的な人より腰が低く、人を威圧したり見下すような態度は全くありません。言葉づかい、話し方も丁寧で優しく、服装さえも地味で安心感を抱けるような、とても好感の持てるものでした。総じて、周りの人に対する「優しさ」を感じました。
 物質的な成功と、心の成熟の両立があってこそ、真の成功ではないでしょうか。最近は、ネットビジネスで、あれよあれよという間にお金を稼いだ人の話を良く耳にします。私も仕事をしている以上、仕事面での向上も望んでいますが、それプラスというか、それ以上に、内面の成功を目指さなければならないと考えさせられた出来事でした。

ライブ・イン・フラミンゴ・ジ・アルーシャ 2006年9月6日(水)
 前回、この場所で告知致しました、ライブハウス「フラミンゴ・ジ・アルーシャ」でのライブですが、おかげ様で大成功に終わりました。チケットも早々のソールドアウトで、見に来て頂いた方々にはとても感謝しております。私自身、とても有意義で楽しい時間を過せ、とても素晴らしい一日でした。しかし、本業の洋服リフォームの方にしわ寄せをしてしまい、ご迷惑をおかけしてしまったお客様には、この場をお借りしてお詫び致します。今後とも、宜しくお願い致します。

ライブ出演 2006年8月21日(月)
 来る9月4日(月曜日)、大阪ミナミのライブハウス「フラミンゴ・ジ・アルーシャ(Flamingo the arusha)」に、私の所属する音楽グループ「響:Hibiki」がライブ出演します。ご興味のある方はお連絡下さい。場所はJR難波の近くです。

不食 2006年7月9日(日)
 私は現在、「不食」なるものにチャレンジしております。と言っても、まだ1ヶ月くらいで、大食いから小食に移行しただけですが。「小食」の権威、甲田光雄先生によると、動物実験において、満腹まで食べた場合より小食の方が、寿命が伸びるそうです。しかも、小食の方が健康状態も良いという事です。ちなみに、私の朝食は、一年前から果物のみです。
 しかし、この「不食」については、世間一般の観念からは、大きくかけ離れていて、大半の方には理解出来ないと思われますので、詳細は省略致します。ご興味のある方は、ご自分でお調べ頂きますようお願いします。また、「不食」を実践されている方、もしくは、実践しようと考えれている方、お便り頂ければ幸いです。一年後の私がどうなっているか、とても楽しみです。

道路交通法改正 2006年6月18日(日)
 道路交通法が改正され、わずかな時間の駐車でも、取締りの対象になりました。ユキルームでは、集配サービスを行ってますが、現時点では、どう対処していけば良いか確定的な判断が出来ず、手探りの状態です。出張の殆どは無料でやっておりますので、今のままでは、コインパーキングを利用する事も出来ません。今日まで、「来て頂いてとても助かる」というお客様のお声を、ずっと聞かせて頂いていただけに、ここでへこたれて中止するわけにもいきません。今後、何らかの方策をとっていきたいとは思っております。このサイト上で、お伝えしていきます。
 道路交通法に限らず、次から次へと色々な法律が整備されていっています。法律家の方は、大変ご苦労されている事でしょう。こうして何から何まで法律で定め、厳しさに拍車をかけ、世の中はとても住みやすく素晴らしいものになっていて然るべきです。しかし、その反対に、ますます住み難くなっていると感じるのは私だけでしょうか。私の生まれ育った「昭和」の時代は、町にゴミがポイポイ捨てられ、車も好き勝手に駐車されていましたが、何か暖かさがあったような気がします。今は、町のゴミも減り、マンションのベランダから洗濯物まで無くなりましたが、何かとても「セチガライ世の中」になったような気がします。この「セチガライ世の中」と、年間の自殺者3万人超過という現象は、関連しているのではないかなと思えてしまいます。
 「抗菌のしすぎて、まったく耐菌性の無い身体」、これこそが、現在の日本ではないでしょうか。

遠い過去からの宝物 2006年5月11日(木)
 70年ちょっと前に発売され、これまで1枚も見つかっていなかったSP盤レコードが発見されました。そして、めでたくCD化され、先日より聞いております。私の最も好きなアーチストなのですが、とても感慨深いものがあります。録音し発売されたという証言だけがあり、1枚も現存する事が認められていないという特異性とともに、70年という年月。はっきり言って、誰もがもうあきらめてしまっていたもの。そんな遠い過去からの宝物が、長い時を越えてやってきたという感じでしょうか。
 もしかしたら、私たちの周りにも、遠い過去に埋もれてしまったり、または見失ってしまっている、大切な宝物があるのではないでしょうか。それは遠い子供時代のものかもしれませんし、最近の事かもしれません。そんな宝物を探す旅をしたいものです。でもその旅は、そんなに遠いところではなく、家の中なのかもしれません。もしかしたら、目の前の机の引き出しの中かもしれません。

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